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横浜地方裁判所 昭和47年(タ)15号 判決 1973年1月18日

原告X(妻)

国籍、日本(本籍東京都渋谷区)

住所 横浜市

被告Y(夫)

国籍、フィリピン共和国

住所 マニラ市

主文

原告と被告を離婚する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一  原告は主文同旨の判決を求めた。

二  請求原因は次のとおり。

1  原告は日本人であり、被告はフィリピン国籍を有するものであるところ、原告と被告は、昭和四四年一一月八日、フィリピン方式によつて婚姻し、昭和四五年三月二四日原告戸籍にその旨届出をした夫婦である。

2  原告は、昭和四四年六月、観光目的で来日した被告を知り、その滞日中二、三度の観光案内をし、被告の帰国後、同年八月原告が観光目的で渡比した際に、被告はかねてから日本永住を念願していたところから、原告との結婚を熱望し、婚姻した。

3  結婚後、被告は就職先がなく、生活費にも窮して、日本で、生活することとし、昭和四五年一月一七日、原告と被告は来日したが、被告は羽田空港入国管理官の審査によつて入国を認められず、退去を命ぜられ、同年二月三日帰比した。

4  原告は、被告の日本永住手続の遅延事情を知るため、同年四月一七日渡比したが、被告は生活費に事缺き、原告はただ帰国の機会を得ることを期待するのみであつたが、やがて、日本から強制送還された被告には再度の日本入国が認められないことがわかり、又、出入国管理令によつて被告が日本に永住できる可能性は全くないことが判明した。

5  原告としては、被告との婚姻は日本で被告との結婚生活ができることが前提であつたところ、被告が日本に入国できないことが明らかとなつたものであり、その婚姻が被告の日本永住の手段に利用されたことや、又、原告が滞比するときは被告からの生活費が受けられないことのため、原告はフィリピン国で被告と生活する意思はない。

原告は日本国籍を有し、昭和四五年一二月以来日本に居住し、被告の来日の可能性はない。以上の状況は被告が悪意で原告を遺棄したものというべきである。

6  そうでないとしても、原告と被告の婚姻は、これを継続し難い重大な事由がある。

すなわち、被告は独立の生計を営むに足る資産もなく、定職につかず、原告を扶養する能力も意思もない。そして前記のように被告が日本に入国できる可能性はなく、原告の帰国後、原告との離婚に同意する旨の音信があつたのみで、その後の原告の連絡に対して応答しないもので、原告は被告との婚姻継続の意思を喪つた。これらによつて原告と被告との婚姻は破綻したものというべきである。

7  離婚の準拠法について。本件については法例第一六条によるべきところ、その原因たる事実の発生した時における夫の本国法に準拠すべきことになる。しかるにフィリピン国法は離婚を認めていない。しかし、原告は離婚が認められなければ、将来永久に被告との婚姻という戸籍上の記載に拘束されて、その幸福追及の自由を奪われることになる。わが国法は離婚自由の制度を採用しており、フィリピン国法の離婚禁止主義は公の秩序又は善良の風俗に反するものであるから、その適用を排して日本国民法を適用すべきである。

三、被告は公示送達による呼出をうけたが、口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

四、<証拠略>

理由

一方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一号証、証人関根むめの証言、原告本人尋問の結果および当裁判所の法務省入国管理局長宛調査嘱託に対する回答によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない(但し、調査嘱託に対する回答二枚目一行目に昭和四十六年一月十八日とあるのは、昭和四五年一月一八日の誤記と認む)。

1  原告は昭和二三年九月一九日生れ、被告はフィリピン共和国国籍で、一九四八年二月二七日生れであり、被告が昭和四四年五月に観光および水夫としての仕事を求めて来日した際、観光案内のきつかけで原告と知り合つた。被告は間もなく帰比したが、原告は同年八月二四日、観光および被告と逢うことを目的に渡比し、渡比後はマニラ市の被告家族宅に寄宿した。原告が渡比したことを被告およびその親族は、原告が被告と結婚する目的であると受け取り、原告と被告間の結婚話が急速に運ばれて、昭和四四年一一月八日、原告と被告は教会で結婚式を挙げ、フィリピン国の方式により婚姻の届出をした。

2  原告は結婚当初、暫くは被告とフィリピンで生活し、将来は日本で生活したい希望であつたが、フィリピンでの被告は就職先がなく、生活費に事缺くありさまだつたので、帰日して日本で生活する目的で、翌四五年一月一八日原告と被告は羽田空港に到来した。ところが、被告は滞在期間六〇日の観光査証を所持しながら入国管理官に対する上陸申請に、親族訪問目的の来日で長期滞留の予定である旨申告したため、審査の結果入国管理令不適合の認定を受け、被告は法務大臣に異議の申立をしたが、理由なしとの裁決があつて、強制退去命令が下され、同年二月三日に、被告のみ帰比した。

3  原告は日本に留まり、被告に対して再度来日を求めたが、その模様が不詳であるためと、被告がその後フィリピンで就職して安定した生活ができるように思われたため、昭和四五年四月中旬に渡比し、再び被告と同居した。しかし、被告は依然として就労せず、原告が在マニラ日本大使館での職を得て生活を維持する状態で安定した生活を望むべくもなかつた。

4  フィリピンでのこのような生活状態および被告が日本から一旦強制退去命令を受けたため再度日本入国許可の期待がもてないことが判明したため、原告は被告と離婚して帰日する意を固め、昭和四五年九月頃から被告にこの意思を表明したが被告は結婚生活の継続を希望し、次第に夫婦間に不和を生じて、同年一〇月頃には、被告も原告との生活継続をあきらめ、離婚に同意する態度であつた。

原告は、同年一二月三一日、被告と別離して単身帰国し、その後は横浜市に居住している。被告は、原告の被告との離婚に同意を求める趣旨の手紙に対して、離婚に同意する旨の返信を一回したのみで、その他の原告からの連絡に何等応答せず今日に至つている。

5  被告の日本入国の可能性については、日本に永住するため入国しようとする外国人は、法務大臣の許可を受けなければならないが、日本で共同生活をしようとする配偶者が同居を望んでいないときは法務大臣の許可を受けることは困難であり、又、当該外国人が特定の職業、技能を有さない場合には、特に資産を有する場合を除いてはこの許可を受けることは困難であるところ、原告は被告との同居を拒んでおり、又、被告は職業、技能を有さず、資産もないものである。

二本件の準拠法についてみるに、法例第一六条によれば、離婚はその原因事実の発生当時における夫の本国法によるべきであるから、被告の本国法たるフィリピン国の法律によらねばならないものであるところ、一九五〇年施行フィリピン国民法においては離婚に関する定めがなく、解釈上、離婚を禁止しているものと認められる。又、同国法はいわゆる本国法主義を採用しているので、法例第二九条による反致条項を適用する余地もない。

しかし、日本民法は離婚の自由を広く承認する立場をとつており、婚姻当事者に全く離婚の機会を与えないことは、わが国の婚姻に関する道義的見地がこれを許さないものである。そうであれば離婚を承認せず或いは禁止する外国の法規は法例第三〇条に照らして、わが国の公序良俗に反するものとして、これを適用することができない。とすれば離婚について適用すべき法規を缺くことになるが、これを補うには内国法規をもつてするほかなく、本件については日本民法を準拠法とすべきである。

三そこで、民法第七七〇条に準拠して考えるに、前記認定事実によつては、原告が被告と婚姻するに際し、両者の間で、原告と被告が日本において結婚共同生活を営むことが合意され、結婚の前提とされていた事情でもあれば格別、かかる事情の認められない前記事実においては、むしろ原告の浅慮、軽卒とわがままが今日の事態を招いたものというべく、被告が原告を悪意で遺棄したものとは到底認めることはできない。しかし、前認定の事実によつて認められる婚姻のいきさつ、共同生活の経過、共同生活維持の見通し、婚姻継続意思の喪失などを考えると、現在では原告と被告の夫婦共同生活を維持し得る可能性は全くなく、婚姻を継続し難い重大な事由があるものと云わざるを得ない。

よつて、原告の被告に対する離婚請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(田中昌弘)

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